疱瘡婆
ほうそうばばあ

 『奥州波奈志』に記されている妖怪。
 文化年間(1804〜1817年)の初めのこと。七ヶ浜村大須(宮城県)では、疱瘡によって多くの人々が命を落としました。すると、墓から死体が盗まれたり、死体が食われたりする事件が起こるようになりました。村の住人たちは、死体を盗られないように深く掘って埋め、さらにそこへ大きな石を乗せて、祈祷も行ないました。しかし、その日の夜には石が退かされて、死体は服や髪だけが残された状態になっていました。それ以降も同じ事件が多発し、そのうち「これは疱瘡婆という怪物の仕業だ」と云われるようになりました。
 あるとき、村の名主の3人の子供が疱瘡で死んでしまいました。名主は子供の死体を疱瘡婆から守ろうと、大きな石を17人がかりで運ばせて塚の上に置き、夜には番人と猟師2人に見張りをさせました。それから2、3日間は何も起きなかったので、ある日の夜、疱瘡婆を誘い出すために松明の火を小さくしました。すると、怪物がやってきて塚を掘り出したので、猟師がこっそりと近づくと、怪物は大きな音を出しながら木々を倒して逃げていきました。それ以来、墓が荒らされることはありませんでした。
 その2、3年後。年老いた女と中年の女が、市に買い物をしに来ていました。すると、山を見ていた年老いた女が何かを目撃して、突然気を失ってしまいました。介抱されてようやく老女が目を覚ましたので、中年の女は彼女に、どうして気絶したのか尋ねましたが、老女は何も話しませんでした。それから3年の月日が流れ、ようやく老女がそのときのことを話し出しました。あの日、老女が山を見ていると、身の丈が一丈もある赤い顔の白髪の老婆のような者がこちらを睨んでいるのを見たので、これが例の怪物かもしれないと思い、気絶してしまったのだそうです。

 


参考文献
本妖怪事典』 村上健司 (毎日新聞社)
本日本妖怪大事典』 水木しげる 画、村上健司 編著 (角川書店)


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