白蔵主
はくぞうす


『絵本百物語』一 「白蔵主」
桃山人・文、竹原春泉・画
【江戸時代】

 『絵本百物語』(1841)に描かれている
 昔、山梨県(甲斐国)の夢山に、狐の皮を売る弥作という狩人がいました。夢山には年をとった狐が住んでいて、子どもをたくさん産みましたが、そのほとんどを弥作に殺されてしまいました。ある日、狐は弥作の伯父である宝塔寺の法師・白蔵主に化け、弥作に「殺生の罪は来世の障りとなるから、狐を捕ることを止めよ」と言って、銭を渡してやりました。やがて貰った銭を使いきった弥作は、また白蔵主に銭を貰おうと、宝塔寺へと向かいました。それを察知した狐は先に宝塔寺へ行き、本物の白蔵主を食い殺しました。狐はその後50年ほど、宝塔寺の住職に成りすましていました。しかし、倍見の牧で催された鹿狩りを見物していたときに、佐原藤九郎という郷士が飼っていた鬼武と鬼次という犬に噛み殺されて、とうとう正体を現してしまいました。その白い狐の毛は白銀の針のようで、祟りがあることを恐れた人々は、狐の死体を山に埋めて祠を建てました。この祠は「狐の杜」と呼ばれるようになったそうです。

 『諸国里人談』には伯蔵主という狐の話があります。
 江戸小石川伝通院の正誉覚山上人が、京都から戻る途中、伯蔵という名の僧と出会い、やがて伯蔵も伝通院で学ぶことになりました。伯蔵は毎度の法問を前日に語り、授業に遅れをとったりもしなかったので、他の僧たちも驚いていました。ところがある日、伯蔵は寝ているときに狐の正体を現してしまい、それを恥じて姿を見せなくなってしまいました。しかし、伯蔵はその後も夜になると伝通院内で法を論じていたそうで、宝永の頃(1704〜1710年)まで生きていました。

 


参考文献
本竹原春泉 絵本百物語―桃山人夜話―』 多田克己 編、京極夏彦 ほか文 (国書刊行会)
本妖怪事典』 村上健司 (毎日新聞社)
本日本妖怪大事典』 水木しげる 画、村上健司 編著 (角川書店)


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