土蜘蛛
つちぐも


『土蜘蛛草紙』
【鎌倉時代】

妖怪を退治した場面。腹からはたくさんの骸骨が……。

『今昔画図続百鬼』明 「土蜘蛛」
鳥山石燕
【江戸時代】

 『土蜘蛛草紙』や『源平盛衰記』「剣の巻」などに記載がある、巨大な蜘蛛の妖怪。
 『源平盛衰記』には次のような話があります。茨木童子が渡辺綱から腕を取り戻した少し後の、夏のこと。土蜘蛛の力のために源頼光が病気に罹ってしまいました。頼光の四天王たちが看病して、三十日後にはだいぶ回復しましたが、ある日の夜、頼光が寝ていると身長が七尺ある法師が現われて、頼光を縄で縛ろうとします。驚いた頼光が名刀膝丸で法師に斬りかけると、法師は姿を消しました。四天王が調べてみると、部屋の中から外へと、点々と続いている血を見つけました。
 血を辿って行くと北野天満宮の裏の塚に到着。塚を掘ってみると、中から四尺ほどの大きさの蜘蛛が出てきたので、縄で蜘蛛を縛って、頼光に見せました。頼光は鉄の串で蜘蛛を刺し、川原に置いて晒しものにしました。
 それ以来、頼光の名刀膝丸は蜘蛛切という名前で呼ばれるようになったそうです。

 鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』(1779)にも土蜘蛛が描かれ、「源頼光土蜘蛛を退治し給ひし事児女のしる所也」 と記されています。

 ちなみに「土蜘蛛」という名称はもともと、大和朝廷に従わない先住民たちの蔑称でした。『古事記』、『日本書紀』、各地の風土記に記載があります。

 


参考文献
本 『Truth In Fantasy 47 鬼』 高平鳴海 糸井賢一 大林憲司 エーアイ・スクウェア 共著 (新紀元社)
本鳥山石燕 画図百鬼夜行』 高田衛 監修、稲田篤信 田中直日 編 (国書刊行会)
本妖怪事典』 村上健司 (毎日新聞社)
本日本妖怪大事典』 水木しげる 画、村上健司 編著 (角川書店)


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