酒呑童子
しゅてんどうじ


『今昔画図続百鬼』雨 「酒てん童子」
鳥山石燕
【江戸時代】

『和漢百物語』
歌川芳年
【江戸時代】

酒呑童子が酒宴を催す場面。

『大江山酒呑退治』
歌川芳艶
【江戸時代】

 平安時代、京都の大江山にいたとされるの親分。
 目が15個、角が5本、体は赤く、右手は黄色、左手は青、右足は白、左足は黒という姿をしていて、人をさらっては食っていました。

 当時、京の都では女が誘拐される事件が多発していました。
 陰陽師・安部晴明の占いによって、事件の犯人が大江山にいる鬼であることが判明し、源頼光・坂田金時・渡辺綱・卜部季武・碓井貞光・藤原保昌が鬼退治に向かうことになりました。
 頼光たちは鬼退治を成功させるために、石清水八幡、住吉明神、熊野権現に参拝しました。すると頼光の夢の中に八幡神が現れて、「山伏に変装していけば鬼退治は成功する」と告げました。お告げに従って山伏姿になった頼光たちは、旅の途中で三社の使いだという老人と出会いました。老人は頼光たちに、帽子甲と、人が飲むと良薬になり鬼が飲むと毒になるという神変鬼毒酒の入った徳利を渡しました。
 そして、頼光たちはついに大江山に入りました。するとそこで、誘拐されていた女のうちの一人を発見。女の案内で鬼のいる鬼ヶ城にたどり着いた頼光たちは、山伏のふりをして、鬼たちに「一晩だけ泊めてほしい」と頼みました。最初は酒呑童子たちも警戒していましたが、山伏が酒を持っていると知ると、油断して頼光たちを座敷に通しました。
 やがて酒呑童子と鬼たちは神変鬼毒酒を飲んで酔いつぶれてしまったので、頼光はそのすきに酒呑童子の首を切り落としました。首は最後の力を振り絞って頼光を襲いましたが、頼光は帽子甲のおかげで助かりました。
 酒呑童子を退治した後、頼光たちは手下の鬼も全て倒し、大江山を去りました。

 京都の首塚大明神には切り落とされた酒呑童子の首が埋められていて、首より上の病気にご利益があるそうです。
 また、青森県では退治された酒呑童子の血が虱や蚤になったと云われています。

 鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』(1779)にも酒呑童子が描かれ、「大江山いく野の道に行かふ人の財宝を掠とりて積たくはふる事山のごとし 輟耕録にいはゆる鬼贓の類なり むくつけき鬼の肘を枕としみめよき女にしやくとらせ自ら大盃をかたぶけて楽めり されどわらは髪に緋の袴きたるこそやさしき鬼の心なれ 末世に及んで白衣の化物出と聖教にも侍るをや」 と記されています。

 


参考文献
本鳥山石燕 画図百鬼夜行』 高田衛 監修、稲田篤信 田中直日 編 (国書刊行会)
本妖怪事典』 村上健司 (毎日新聞社)
本日本妖怪大事典』 水木しげる 画、村上健司 編著 (角川書店)
本 『季刊「怪」第零号』 (角川書店)
本 『月刊「ムー」1998年3月号』 (学研)


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