かさね


『絵本百物語』四 「累」
桃山人・文、竹原春泉・画
【江戸時代】

 慶長年間(1596〜1614年)の終わりごろ、下総国岡田郡羽生村(茨城県水海道市羽生町)にいた与右衛門という百姓が、妻を娶りました。妻の連れ子であった助という娘は、体が不自由で顔つきも酷かったため、与右衛門は助を殺して鬼怒川に落としてしまいました。
 やがて与右衛門と妻の間に子供が生まれ、その子は累(るい)と名付けられました。累は助と重ねたようにそっくりだったので、村人たちは累を「かさね」と呼ぶようになりました。あるとき、両親が亡くなって一人で暮らしていた累は、病気で倒れた巡礼を看病し、後にその巡礼と結ばれました。その巡礼は2代目与右衛門を名乗りましたが、いつしか累を厭わしく思うようになり、1647年(正保4年)8月、累を鬼怒川に落として殺しました。
 与右衛門はおきよという女を娶り、生まれた娘におきくと名付けました。そしてある日、怪事が起きました。おきくに累の霊がとり憑いて、与右衛門がどんな酷いことをしたか、おきくの口を借りて語りはじめたのです。弘経寺にいた祐天上人が累に「理屋松貞信女」という戒名を与えて成仏させることに成功しましたが、今度は助の霊がおきくにとり憑きました。祐天上人は助にも「単到真入童子」という戒名を与えて成仏させました。それ以来、奇妙なことは起こらなくなったそうです。
 現在も、助や累を弔った墓が法蔵寺にあります。

 『古今犬著聞集』(1684)が、この逸話の初出だとされています。
 『絵本百物語』(1841)には、「かさねが死霊のことは世の人のしるところ也」 と記されています。

 


参考文献
本竹原春泉 絵本百物語―桃山人夜話―』 多田克己 編、京極夏彦 ほか文 (国書刊行会)
本妖怪事典』 村上健司 (毎日新聞社)
本日本妖怪大事典』 水木しげる 画、村上健司 編著 (角川書店)


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